日々の忙しさに追われ、心がカサカサになっていませんか?そんなあなたに、ほっと一息つきたい時に読む面白い小話をお届けします。
今回のテーマは「誕生日プレゼント」。主人公は、一生懸命だけどどこかズレている、愛称「ななまる」です。クスッと笑えて、最後は少し心が温まる。あなたの心の休憩時間になれば幸いです。
ななまるの「大失敗」誕生日プレゼント
迫り来る誕生日と、ななまるの憂鬱
金曜日の夜。残業を終えたななまるは、最寄り駅のホームで深いため息をついた。
「はぁ……。ほっと一息つく暇もない」
手元のスマートフォンがカレンダーの通知を告げる。明日、3月15日は親友・みーちゃんの誕生日だ。
ななまるは、みーちゃんのことが大好きだ。だからこそ、毎年誕生日プレゼント選びには、並々ならぬ情熱を注ぐ。しかし、その情熱が、いつも少しだけ、いや、かなり斜め上の方向へ暴走してしまうのが、ななまるのななまるたる所以であった。
以前、良かれと思ってプレゼントした「腹筋ローラー」は、みーちゃんの部屋の隅で、今や立派なホコリ被りとなっている。「実用的でしょ?」と胸を張ったななまるに、みーちゃんが引きつった笑顔で「……うん、ありがとう」と言ったのを、ななまるは昨日のことのように覚えている。
「今年こそは。絶対に、外さない。おしゃれで、洗練されていて、みーちゃんが泣いて喜ぶような……」
ななまるは、混雑する電車の中で、スマートフォンの検索窓に「誕生日プレゼント おしゃれ 親友」と打ち込んだ。画面には、キラキラしたコスメや洗練された雑貨が並ぶ。
「よし。明日の朝一番で、デパートへ行こう」
ななまるの、長い戦いが幕を開けた。
デパートの迷宮と、斜め上のアイデア
土曜日の朝。ななまるは、開店直後のデパートに立っていた。洗練された香水の匂いが、ななまるの鼻をくすぐる。
「まずは、コスメカウンターだな」
ななまるは、意気揚々と歩き出した。しかし、そこはななまるにとって、底なしの沼であった。
「このアイシャドウ、パレットの色は可愛いけど、みーちゃんのパーソナルカラーは何だったっけ?春?秋?……それとも、冬?」
「このリップ、落ちにくいのは良いけど、みーちゃんはマット派?ツヤ派?」
美容部員の親切な説明も、ななまるの耳には、まるでお経のように右から左へ聞き流されていく。情報が多すぎて、脳内がパンク寸前だ。
「ダメだ。コスメは難易度が高すぎる。次は、雑貨コーナーだ」
場所を移動したが、状況は変わらない。
「このアロマディフューザー、おしゃれだけど、みーちゃんの好きな香りは?ラベンダー?シトラス?……それとも、ヒノキ?」
「このペアグラス、可愛いけど、みーちゃんは今、彼氏いないし……ペアで渡すのは、嫌がらせ?」
ななまるの思考は、次第に疲労困憊へと向かっていく。「ほっと一息」どころか、冷や汗が止まらない。
「……もう、実用品でいいんじゃないか?」
ななまるの脳裏に、かつての「腹筋ローラー」がよぎる。
「いや、ダメだ!おしゃれで洗練されたプレゼント、じゃなきゃ!」
自問自答を繰り返す中、ななまるの目に、あるものが飛び込んできた。
「……これだ。これなら、誰もが使えて、しかも、絶対に被らない。洗練されているとは言えないかもしれないけど、実用性は、最高だ」
ななまるは、その物体を手に取り、会計へ向かった。顔には、確信に満ちた笑みが浮かんでいた。
運命のプレゼントと、真実の気づき
夜。ななまるは、カフェでみーちゃんと向かい合っていた。
「ななまる、誕生日プレゼント、楽しみにしてるよ!」
みーちゃんは、目を輝かせて言った。その無邪気な笑顔を見るたびに、ななまるの胸は罪悪感で少しだけ痛む。
「うん。……はい、これ」
ななまるは、丁寧にラッピングされた、妙にずっしりと重い箱を差し出した。
「わあ、何だろう?重いね」
みーちゃんは、ワクワクしながらリボンをほどき、包装紙を破いた。
「……え?」
箱の中から現れたのは、おしゃれなコスメでも、洗練された雑貨でもなかった。
そこにあったのは、業務用サイズの、強力な「カビ取り剤」だった。しかも、ご丁寧に、お風呂用、トイレ用、キッチン用の、3本セット。
「……ななまる?」
みーちゃんの声が、少しだけ震えている。
「これね、この前、ななまるの家のカビが、これで一瞬で落ちたの!みーちゃんも、お風呂掃除、大変って言ってたから……」
ななまるは、必死に説明した。
「実用的でしょ?おしゃれじゃないかもしれないけど、絶対に、役立つから!」
みーちゃんは、しばらくの間、カビ取り剤のボトルを見つめていた。そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……ななまる。ありがとう」
「え?喜んで、くれた?」
「うん。……だって、ななまるが、ななまるの家のカビが落ちて、すごく嬉しくて、それを私にも教えてあげたいって、思ったんでしょ?」
「……うん、まあ」
「私の掃除のことまで、心配してくれて……。カビ取り剤は、自分じゃ買わないけど、あると、すごく助かる。それに、ななまるが、一生懸命考えて、私のために、これを選んでくれたことが、一番、嬉しいよ」
みーちゃんは、本当に、嬉しそうな笑顔で言った。
その笑顔を見た瞬間、ななまるの胸のつかえが、すうっと、取れていくのが分かった。
「……そっか。よかった」
ななまるは、初めて、心から笑うことができた。
「でも、ななまる。……誕生日プレゼントにカビ取り剤は、やっぱり、ちょっと、面白いね」
みーちゃんが、クスッと笑った。
「えへへ、そうだね」
ななまるも、つられて笑った。
ほっと一息、温かい時間
カビ取り剤をプレゼントしたという、前代未聞の誕生日会は、その後、大爆笑のうちに幕を閉じた。
二人は、カフェを後にして、ななまるの家へ向かった。
「ななまる、紅茶淹れるね。ほっと一息つこうよ」
みーちゃんは、慣れた手つきでティーポットを用意した。
「うん。……みーちゃん、誕生日、おめでとう」
「ありがとう、ななまる」
二人は、温かい紅茶を飲みながら、カビ取り剤の話で、また一頻り盛り上がった。
「今度、みーちゃんの家のカビも、これで一緒に落とそうよ」
「いいね、ななまる。カビ取りパーティーだ!」
二人の笑い声が、小さな部屋に響く。
ななまるは、思った。
おしゃれで洗練された誕生日プレゼントも、素敵かもしれない。でも、相手のことを想い、一生懸命選んだプレゼントは、どんなものでも、相手の心を温めることができる。
そして、その温かさは、自分自身をも、温めてくれる。
「はぁ……。ほっと一息」
ななまるは、紅茶を一口飲み、幸せな溜息をついた。
カビ取り剤の3本セットは、みーちゃんの家の洗面所で、出番を今か今かと待ち構えている。
それは、世界で一番、実用的で、そして、世界で一番、温かい、誕生日プレゼントだった。