ほっと一息つきたい時に読む面白い小話 3話:「鬼と豆と、一杯のコーヒー」

ほっと一息小話

寒さが染みる二月の夜、町外れにある喫茶店「月夜のカフェ」では、いつもと変わらない静かな時間が流れていた。カウンターの中では、店主の瑞樹(みずき)が一人、ドリップコーヒーを淹れている。だが、この夜だけは少しだけ違っていた。

「今年も、また逃げるのかい?」
瑞樹の問いかけに、カウンター席に座る男がうなだれる。その姿はどこか異様だ。頭には二本の角、背中にはふさふさした赤い毛が見える。そう、彼は鬼だ。

「そりゃ逃げるよ…。豆まきなんて、ただの暴力じゃないか。」
鬼――名を赤兵衛(あかべえ)と言った――は、ため息をつきながら答えた。瑞樹は笑いながら、コーヒーカップをそっと彼の前に置く。

「そもそも、お前らが人間を怖がらせたのが始まりだろう?」
「いや、それはそうだけど…。俺たち、もう何十年も真面目にやってるんだぞ?怖がらせるのは昔の話だ。最近なんて、子どもたちの方が俺たちより怖いくらいだよ。」

赤兵衛の嘆きに、瑞樹は苦笑する。確かに最近の節分では、鬼を怖がる子どもは少ない。むしろ「鬼退治」と言って、楽しそうに豆を投げる子どもの姿をよく見かける。

「でも、そんなに嫌なら今年は逃げずに、逆に“福”を届けてみたらどうだ?」
「福を…届ける?」
赤兵衛は怪訝そうな顔をした。

「そうだ。お前たちが家々を訪れて、逆に幸運を届けるんだ。例えば、『福の豆』とかを配ってさ。人間たちも意外性に驚いて、豆を投げる気もなくなるかもしれないぞ?」

瑞樹の提案に、赤兵衛はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「面白い!それ、やってみるよ!でも、福の豆って…どうやって作るんだ?」

瑞樹はにやりと笑い、コーヒー豆の瓶を持ち上げた。
「これを煎って特別な豆に仕上げるんだ。俺が手伝ってやるよ。」

その夜、喫茶店「月夜のカフェ」では、鬼と人間が並んで豆を煎るという奇妙な光景が広がっていた。赤兵衛の心には、新しい節分の風景が浮かび始めていた。

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